不動産会社の経営者なら、事業承継や経営基盤の強化に悩まれているのではないでしょうか。後継者不足や業界の競争激化、そしてデジタル化への対応など、課題は山積みです。そんな中で注目を集めているのが不動産M&Aです。この記事では、不動産M&Aの基礎知識から具体的な手続きの流れまで、詳しく解説します。
不動産M&Aとは?

不動産M&Aは、不動産会社や不動産資産を保有する企業の経営権や資産を取得する手法です。単なる不動産取引とは異なり、会社の経営権や事業そのものを対象とする取引形態となります。この取引では、不動産だけでなく、従業員や取引先との関係性、ノウハウなども含めた事業全体を取得することができます。
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通常の不動産売買との違いとは
通常の不動産売買では、物件単体の所有権が移転するだけですが、不動産M&Aでは会社の株式や事業部門を取得することで、より包括的な取引が可能になります。具体的には、既存の賃貸借契約をそのまま継続できる点や、不動産管理のノウハウを持つ従業員をそのまま雇用できる点が大きな特徴です。
また、税務面でも通常の不動産取引とは異なる扱いを受けることがあり、不動産取得税や登録免許税の負担を軽減できる可能性があります。さらに、株式譲渡の形態をとる場合、個別の不動産登記が不要となるため、手続きの簡素化にもつながります。
業界で注目が集まる背景と理由
不動産業界では、経営者の高齢化や後継者不足が深刻な課題となっています。中小不動産会社の約7割が後継者不在と言われており、事業承継の選択肢として不動産M&Aが注目を集めています。
さらに、不動産テクノロジーの進化により、従来の営業手法や管理方法の見直しが必要となっています。このような技術革新への対応として、経営基盤の強化や事業規模の拡大を目指す企業が、不動産M&Aを活用するケースが増加しています。
また、不動産市場の競争激化により、企業の経営戦略としてM&Aを活用する動きも活発化しています。特に、優良な物件ポートフォリオや収益性の高い管理物件を持つ企業の買収により、市場での競争力を高めようとする傾向が強まっています。
不動産M&Aで活用できる3つの手法

不動産M&Aには主に3つの手法があり、それぞれに特徴的な利点と実務上の注意点があります。これらの手法を状況に応じて使い分けることで、効果的な事業再編や承継が可能となります。
株式譲渡
株式譲渡は、対象会社の株式を買収することで経営権を取得する手法です。この方式では、会社の資産や負債、従業員との雇用契約などをすべて一括して引き継ぐことができます。株主総会の特別決議が必要となる場合がありますが、不動産の所有権移転登記が不要なため、取引コストを抑えられる利点があります。
手続きが比較的単純で、既存の契約関係がそのまま維持されるため、事業の継続性を重視する場合に適しています。ただし、簿外債務や偶発債務なども承継することになるため、デューデリジェンスを入念に行う必要があります。
外部サイト:日本M&Aセンター 株式譲渡とは?中小企業のM&Aにおける手続き、税金をわかりやすく解説
事業譲渡
事業譲渡は、不動産事業に関連する資産、負債、契約関係などを個別に選択して譲渡する手法です。取得したい資産や引き継ぎたい契約関係を選別できるため、不要な資産やリスクを除外することが可能です。
この方式では、各契約の個別承継手続きが必要となり、賃貸借契約の場合は借主の同意を得る必要があります。また、不動産の所有権移転登記も必要となるため、取引コストは株式譲渡と比べて高くなる傾向にあります。
外部サイト:日本M&Aセンター 事業譲渡とは?メリットやデメリット、手続きをわかりやすく解説
会社分割
会社分割は、不動産事業部門を切り出して別会社化する手法です。吸収分割と新設分割の2種類があり、事業部門の切り出しと同時に他社への譲渡も可能です。分割計画書や分割契約書の作成が必要となりますが、株式譲渡と同様に包括承継が可能となります。
この手法は、特定の不動産事業部門のみを切り出して譲渡したい場合や、グループ内再編を行う際に有効です。ただし、債権者保護手続きなど、法定の手続きが必要となるため、実行までに一定期間を要することに注意が必要です。
外部サイト:M&Aキャピタルパートナーズ 会社分割とは?吸収分割と新設分割の違い
不動産M&Aで売り手が得られるメリットは?

不動産M&Aは、売り手にとって多くのメリットをもたらす手法です。事業承継の選択肢として活用することで、経営者の想いを実現しながら、税務面でも効果的な対策が可能となります。
法人税・所得税の大幅な節税できる
不動産M&Aを活用することで、通常の不動産売却と比べて税負担を大きく軽減できます。株式譲渡の場合、譲渡所得として課税され、法人の含み益に対する課税を繰り延べることが可能です。個人オーナーの場合も、特定の要件を満たせば事業承継税制の適用により、相続税や贈与税の納税を猶予できます。
さらに、不動産の含み益に対する法人税や、不動産取得税などの流通税も軽減できる可能性があります。これにより、事業用不動産を次世代に引き継ぐ際の税負担を最小限に抑えることができます。
スムーズな事業承継の実現できる
後継者不在に悩む経営者にとって、不動産M&Aは有効な事業承継の手段となります。信頼できる買い手企業に事業を譲渡することで、長年築き上げてきた顧客との関係や、不動産管理のノウハウを確実に引き継ぐことができます。
また、経営者の引退時期や引継ぎ方法について、買い手企業と柔軟に調整することが可能です。段階的な権限移譲や、一定期間の経営支援など、円滑な事業承継のための取り決めを行うことができます。
従業員の雇用維持が可能に
不動産M&Aでは、従業員の雇用条件を維持したまま事業を譲渡することができます。特に株式譲渡の場合、雇用契約が自動的に引き継がれるため、従業員の不安を最小限に抑えることができます。
従業員が培ってきた物件管理のノウハウや、テナントとの関係性を維持できることは、事業の継続性を重視する経営者にとって大きなメリットとなります。
廃業コストの削減につながる
事業を清算する場合と比べて、M&Aによる事業譲渡は大幅なコスト削減につながります。清算の場合、不動産の売却損や、退職金の支払い、取引先との契約解除に伴う違約金など、多額の費用が発生する可能性があります。
一方、M&Aでは事業を継続する形で譲渡できるため、これらの清算コストを回避することができます。また、未収賃料や保証金など、事業に関連する債権債務も買い手に引き継ぐことが可能です。
不動産M&Aで買い手が得られるメリットは?

不動産M&Aは、買い手企業にとって事業拡大や競争力強化のための戦略的な選択肢となります。経営資源を効率的に獲得し、市場での地位を確立するための有効な手段として注目を集めています。
優良物件を競争なしで取得可能
不動産M&Aでは、通常の市場では入手が困難な優良物件を、競争を避けて取得することができます。特に都心部や人気エリアの収益不動産は、市場に公開されると激しい競争となりますが、M&Aを通じて相対取引で獲得することで、合理的な価格での取得が可能となります。
さらに、物件の詳細な運営実績や収支状況を事前に確認できるため、将来の収益性を正確に見込むことができます。築古物件であっても、安定した入居率と収益力があれば、価値の高い投資機会となります。
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規模拡大による経営基盤の強化できる
不動産M&Aを通じて事業規模を拡大することで、経営基盤を強化し、市場での競争力を高めることができます。管理物件数の増加により、スケールメリットを活かした効率的な運営が可能となり、収益性の向上につながります。
また、地域的な補完関係がある企業を買収することで、営業エリアを効率的に拡大することができます。これにより、リスクの分散と新たな成長機会の創出が可能となります。
新規顧客層の即時獲得が可能
対象企業が持つ顧客基盤を即座に獲得できることは、不動産M&Aの大きな利点です。特に、優良テナントとの長期的な賃貸借契約や、安定した入居者層を持つ物件は、高い事業価値を持ちます。
既存の顧客関係を引き継ぐことで、新規開拓にかかる時間とコストを大幅に削減できます。また、対象企業が築いてきた信頼関係や取引実績を活用することで、スムーズな事業展開が可能となります。
不動産管理のノウハウも継承できる
不動産M&Aでは、対象企業が長年培ってきた物件管理のノウハウや、業務システム、マニュアルなども一括して取得することができます。特に、地域特性に応じた管理手法や、効率的な運営ノウハウは、即座の業務改善につながります。
また、経験豊富な従業員を継続して雇用することで、これらのノウハウを確実に継承することができます。物件管理の品質維持と、サービスレベルの向上につながる重要な要素となります。
不動産M&Aのデメリットって実際どうなの?

不動産M&Aには確かに多くのメリットがありますが、実務上で直面する課題やリスクについても正しく理解しておく必要があります。これらの課題に対する適切な対策を講じることで、より円滑な取引の実現が可能となります。
想定以上の時間と手間がかかる
不動産M&Aの成約までには、通常6か月から1年程度の期間を要します。特に初期段階での企業価値算定や、デューデリジェンスの実施には予想以上の時間がかかることがあります。物件調査や契約関係の確認、財務諸表の精査など、すべての作業を丁寧に進める必要があるためです。
取引構造の検討や契約書の作成にも相応の時間が必要となり、関係者との調整や交渉にも多くの工数が発生します。事業を継続しながらこれらの作業を進めることは、経営者にとって大きな負担となることがあります。
買い手が見つかりにくい
不動産業界特有の商習慣や地域性により、適切な買い手を見つけることが困難な場合があります。特に地方の中小不動産会社の場合、物件の立地や収益性によっては買い手候補が限定されてしまうことがあります。
また、売り手の希望する譲渡価格と、買い手の考える適正価格との間にギャップが生じやすく、価格面での折り合いがつかないケースも少なくありません。このため、仲介会社の選定や交渉プロセスの設計が重要となります。
企業全体のリスク調査が必要
不動産M&Aでは、対象企業の資産や契約関係だけでなく、企業全体のリスク調査が必要となります。財務面での精査はもちろん、法務、税務、労務など、多岐にわたる分野での調査が求められます。
特に不動産関連の法令遵守状況や、建築基準法への適合性、土壌汚染や耐震性能などの環境リスクについても、詳細な調査が必要となります。これらの調査には専門家の協力が不可欠で、相応のコストが発生します。
予期せぬ債務が発覚するケース
デューデリジェンスを実施しても、取引完了後に予期せぬ債務や問題が発覚するリスクは存在します。特に簿外債務や偶発債務、未払いの修繕費用など、表面化していない負債が見つかることがあります。
また、賃貸借契約に関するトラブルや、近隣住民との紛争など、非財務的なリスクが顕在化するケースもあります。このため、表明保証条項や補償条項の設計には特に注意が必要となります。
従業員との調整で苦労する可能性がある
従業員の処遇や雇用条件の変更には、慎重な対応が求められます。特に長年勤務している従業員の場合、新しい経営体制への不安や抵抗感が強く、円滑な引継ぎが困難になることがあります。
また、給与体系や福利厚生の変更、人事評価制度の統合など、労務面での調整には多くの時間と労力が必要となります。従業員とのコミュニケーションを丁寧に行い、理解と協力を得ることが重要です。
不動産M&Aの具体的な手続きの流れは?

不動産M&Aの成功には、体系的なプロセス管理と各段階での適切な判断が不可欠です。全体の流れを理解し、準備を整えることで、スムーズな取引実現につながります。
1.事前準備
取引を始める前に、自社の現状分析と目的の明確化が重要です。財務諸表の整理や重要書類の確認、企業価値の概算など、基礎的な準備作業を行います。この段階で専門家への相談を開始し、最適なスキームの検討も併せて行います。
また、株主や取締役会との合意形成も重要な準備項目となります。特に同族経営の場合、関係者間での意思統一を図ることで、その後の手続きをスムーズに進めることができます。
2.マッチング・交渉
M&A仲介会社や金融機関を通じて、取引候補先の探索を開始します。候補先が見つかれば、守秘義務契約を締結した上で、初期的な情報開示と条件交渉を行います。この段階では、取引のアウトラインを定める基本合意書を作成することが一般的です。
価格交渉においては、不動産鑑定評価や収益還元法などの評価手法を用いて、合理的な価格水準を見極めます。双方の希望条件を擦り合わせながら、具体的な取引条件を詰めていきます。
3.デューデリジェンスの実施
対象企業の詳細な調査を行うフェーズです。財務、法務、税務の専門家チームが、リスクの洗い出しと評価を行います。不動産特有の調査として、権利関係の確認、建物の状況調査、土壌汚染調査なども実施します。
また、賃貸借契約や管理委託契約など、重要な契約関係の確認も行います。デューデリジェンスの結果は、最終的な取引条件や価格の調整に反映されます。
4.最終契約
デューデリジェンスの結果を踏まえ、最終的な契約条件を確定させます。株式譲渡契約書や事業譲渡契約書などの契約書類を作成し、表明保証条項や補償条項なども慎重に検討します。
この段階では、従業員への説明や労働条件の調整、取引先への通知など、クロージングに向けた準備作業も並行して進めます。
5.クロージング・完了
契約書に基づき、株式譲渡代金の支払いや株式の移転など、実際の取引を実行します。必要な登記手続きや許認可の変更手続きも行います。また、従業員や取引先への正式な通知も行われます。
特に不動産関連の契約については、賃借人への通知や契約書の切り替えなど、漏れのない対応が求められます。
6.統合(PMI)
取引完了後は、経営体制の移行や業務プロセスの統合を進めます。特に不動産管理システムの統合や、顧客対応の引継ぎには時間をかけて丁寧に行う必要があります。
また、従業員の処遇や人事制度の統合、社内規程の整備なども計画的に進めます。統合作業の進捗を定期的にモニタリングし、必要に応じて調整を行うことで、円滑な経営統合を実現します。
まとめ
不動産M&Aは、事業承継や経営基盤強化の有効な手段として、今後さらに活用が広がっていくことが予想されます。売り手にとっては税務メリットや円滑な事業承継、買い手にとっては優良物件の取得や事業規模の拡大など、双方にとって大きなメリットがあります。
ただし、デューデリジェンスや従業員との調整など、慎重な対応が必要な課題もあります。成功のためには、専門家のサポートを受けながら、準備段階から統合まで計画的に進めることが重要です。不動産業界を取り巻く環境が大きく変化する中、M&Aを経営戦略の選択肢として検討する価値は十分にあるでしょう。